「健康診断で、血糖値やコレステロールの高さを指摘された…」 多くの人が、生活習慣病のリスクを食事の乱れや運動不足と結びつけます。もちろん、それらは大きな要因です。しかし、もう一つ、見逃されている極めて重要な原因があります。それが、毎晩かいている「いびき」です。
いびき、特に呼吸が止まる睡眠時無呼吸は、単独で存在するのではなく、様々な生活習慣病の引き金となり、また、それらを悪化させる中心的な役割を担っています。糖尿病、脳卒中、心筋梗塞…これらの深刻な病気は、すべて「いびき」という一本の線で繋がっている可能性があるのです。
この記事では、いびきがどのようにしてこれらの生活習慣病を誘発し、悪化させるのか、その恐ろしい連鎖を医学的見地から解説します。生活習慣の改善と同時に、いびきの根本治療がいかに重要であるかをご理解いただけるはずです。
いびき・無呼吸が「糖尿病」を引き起こすメカニズム
「いびきと糖尿病?」と、意外に思われるかもしれません。しかし、両者には密接な因果関係があることが、多くの研究で明らかになっています。
① 血糖値を下げる「インスリン」が効かなくなる
睡眠中の無呼吸によって引き起こされる「低酸素状態」と「睡眠の分断」は、体に強いストレスを与えます。
このストレスに対抗するために、体は血糖値を上昇させるホルモン(コルチゾールやアドレナリンなど)を過剰に分泌します。 同時に、血糖値を下げる唯一のホルモンである「インスリン」の働きを悪くする「インスリン抵抗性」という状態を引き起こします。
つまり、膵臓が一生懸命インスリンを分泌しても、血糖値が下がりにくい体質になってしまうのです。このインスリン抵抗性は、2型糖尿病の根本的な原因です。
② 睡眠不足が糖質の過剰摂取を招く
いびきによって睡眠の質が低下すると、食欲をコントロールするホルモンのバランスが崩れ、日中に強い眠気や倦怠感を感じるようになります。
すると、脳は手っ取り早くエネルギーを得ようと、甘いものや炭水化物といった糖質を過剰に欲するようになります。これが、血糖値のコントロールをさらに困難にし、糖尿病の発症・悪化へと繋がるのです。
いびきが「脳卒中」「心筋梗塞」のリスクを数倍に高める理由
いびき・無呼吸が、命に直結する血管系の病気のリスクを劇的に高めることは、もはや医学的な常識です。
① 高血圧と動脈硬化の進行
いびきによる夜間の低酸素状態と覚醒反応は、交感神経を異常に興奮させ、血圧を上昇させます。この高い圧力が常に血管にかかることで、血管は傷つき、動脈硬化が進行。血管が硬く、狭くなることで、脳卒中や心筋梗塞のリスクが直接的に高まります。
② 血液をドロドロにする「炎症」と「血栓」
睡眠時無呼吸は、全身に慢性的な「炎症」を引き起こします。血液検査で測定されるC反応性タンパク(CRP)などの炎症マーカーは、睡眠時無呼吸の患者さんで高値を示すことが知られています。
この炎症は動脈硬化を促進するだけでなく、血液を固まりやすくし、血の塊である「血栓」を形成しやすくします。この血栓が脳の血管で詰まれば「脳梗塞」、心臓の血管で詰まれば「心筋梗塞」となります。
③ 危険な不整脈「心房細動」の誘発
睡眠時無呼吸の患者さんは、心臓が不規則に細かく震える「心房細動」という不整脈を発症するリスクが、健康な人の約4倍も高いことが分かっています。
無呼吸の間、息を吸おうと努力するものの空気が入ってこないため、胸の中の圧力(胸腔内圧)は極端なマイナスになります。この強い陰圧が、心臓、特に心房の壁を物理的に引き伸ばすのです。
この機械的なストレッチが毎晩繰り返されることで、心臓の電気信号システムに異常が生じ、心房細動が誘発されると考えられています。心房細動は、重症な脳梗塞(心原性脳塞栓症)を引き起こす最大の原因となります。
いびきとメタボリックシンドロームの死の四重奏
メタボリックシンドロームは、①内臓脂肪型肥満に加えて、②高血圧、③高血糖、④脂質異常症のうち2つ以上を合併した状態を指し、「死の四重奏」とも呼ばれ、動脈硬化のリスクが非常に高いことが知られています。
そして近年、このメタボの構成要素に、「睡眠時無呼吸症候群」が第5の因子として深く関与していることが明らかになってきました。
・肥満は、いびき・無呼吸を悪化させます。
・いびき・無呼吸は、交感神経を緊張させて高血圧を引き起こします。
・いびき・無呼吸は、インスリン抵抗性を高めて**高血糖(糖尿病)**を招きます。
・いびき・無呼吸は、脂質代謝を乱して脂質異常症を悪化させます。
つまり、睡眠時無呼吸は、メタボの他の4つの要素すべてを悪化させる、まさに中心的な役割を担っているのです。
メタボを本気で改善したいなら、食事や運動だけでなく、いびきの治療も同時に行うことが不可欠です。
まとめ:いびきは、万病の元凶となりうる
「たかがいびき」ではありません。
あなたのいびきは、糖尿病、脳卒中、心筋梗塞といった、人生を左右する深刻な病気の影が忍び寄っているサインかもしれません。
健康診断で数値を指摘された方はもちろん、今はまだ健康だと思っている方も、いびきを放置することのリスクを正しく認識し、早期の対策を検討することが、未来の健康を守る上で最も賢明な選択です。
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